経緯と現状
WTOドーハ閣僚宣言(2001年)で,TRIPS関連の項目として,「TRIPS協定とCBDの 関係」について,TRIPS理事会で議論されることになった。
2006年5月のTRIPS理事会では,多くの途上国は,特許出願において生物資源及び関
連する伝統的知識の①出所・原産国,②PICの証拠,及び③利益配分の証拠の開示義務を 導入するためのTRIPS協定改正を提案した。しかし,日本,米国等は,TRIPS協定の改 正は不要と主張している。
2010年のTRIPS理事会において,TRIPS協定とCBDとの関係,TK及びFolkloreの 保護の議論が行われた。しかし,各国の立場の隔たりは依然として大きく,実質的な議論 の進展は見られなかった。
2011年にWTO通常会合において,「TRIPS協定とCBDの関係」の論点に関する議論 をまとめた議長報告書が公表された。その後,非公式特別会合が重ねられたが,各国がこ れまでのスタンスを確認することに止まり,議論は収束していない。また,ドーハ閣僚宣 言においても,少数国首席代表レベル非公式協議において議論されてきたが,同様に議論 は収束していなかった。2011年4月に,各国の立場の隔たりが依然として大きいことを述 べたラミー事務局長の現状評価をまとめた報告書が公表された。
(1)TRIPS理事会(2010年)
ア)会議の概要15
CBDにおいて,資源提供国の事前同意を得て遺伝資源の利用から生じた利益は公正 かつ衡平に配分することを規定しているが,利益配分の具体的なあり方について規定 していない。このため,インド・ブラジルをはじめとする途上国は,利益配分を確保 するため,GRを利用した発明の出願の際には,そのGRの出所を特許出願において開 示するよう求めている。この出所開示問題については,WTOでは2001年のドーハ閣 僚宣言で,「TRIPS協定とCBDの関係」が実施問題 16として位置付けられ,TRIPS理 事会で議論されることになった。
TRIPS理事会では,2006年5月31日付でインド,ブラジルなどの途上国により,
特許出願において生物資源及び関連する伝統的知識の①出所・原産国,②PICの証拠,
及び③利益配分の証拠の開示義務を導入するため,TRIPS協定第29条の217に「出所
15 参考:http://www.inpit.go.jp/content/100060439.pdf(最終アクセス日:2013年2月27日)
16「実施問題」とは,途上国は,WTO協定の実施段階に入って様々な困難な問題に直面していることから,
「途上国は,途上国に対する義務を遅らせ,途上国に特別な配慮を与え,先進国の義務は前倒しすべし」とし て,WTO協定の改正を主張していることである。
17 条文:「加盟国は,特許出願人に対し,外国における出願及び特許の付与に関する情報を提供することを要
開示要件を導入する」を追加することを含むTRIPS協定改正テキストが提出され,多 くの途上国がTRIPS協定改正テキストに基づく議論を支持している。しかし,日本,
米国等は,TRIPS協定の改正は不要と主張している。2010 年のTRIPS理事会におい で,TRIPS協定とCBDとの関係,TK/Folkloreの保護の議論が行われた。しかし,各 国の立場の隔たりは依然として大きく,実質的な議論の進展は見られなかった。
イ)各国のポジション・主張及び提案18
出所開示に関する議題に対して,TRIPS理事会では,いくつかの詳細な議論と提案 があった。主な国のポジション・主張及び提案は,以下のとおりである。
途上国(TRIPS義務としての開示を求める国):
これまで,TRIPS理事会において,ブラジル,インド,ボリビア,コロンビア,キ ューバ,ドミニカ共和国,エクアドル,ペルー,タイ,アフリカ諸国とその他の途上 国は,TRIPS協定での改正による開示義務化を求めている。すなわち,GRの出所開 示,発明に使用される伝統的知識,当該国の“事前の情報に基づく同意”の証明,及 び“公正かつ衡平な利益配分”の証明を特許出願の要件とすべく,TRIPS協定の修正 を求めている。
先進国(WIPOを経由する開示を主張する国):
スイスは,国内法で発明者に対して特許出願におけるGRとTKの出所開示を求め ることを可能にするために,PCT やPLT の改正を提案した。出所開示の怠りあるい は故意的に不正な手段により取得された特許は,特許登録の延期又は無効にすること ができる。
先進国(開示するが法的な問題は特許法の規定範囲外を主張する国):
EU は,出所開示要件を満たさない場合の制裁を特許制度の枠外で行う前提で,遺 伝資源の出所あるいはアクセス元を開示することを提案した。
先進国(開示義務より契約を含む国内法を求める国):
米国は,国内法若しくはGR又はTKの商業利用を含むこともできる法令に基づく 契約の取決めを通じて,CBDの目標であるABSをよりよく獲得するができると主張 した。
争点を整理すると,ブラジル,インド等の途上国の多くは,途上国に豊富に存在す るGRの不正使用(例えば,アマゾンの植物を勝手に持ち出してその植物から医薬品を 製造したりすることを指す。)を防止するために,特許出願において生物資源及びこれ に関連する伝統的知識の出所,原産国等の開示義務を導入することが必要であり,
TRIPS 協定を改正する議論を行うべきとしている。それに対し,日本,米国,豪州,
求することができる。」
18 http://www.wto.org/english/tratop_e/trips_e/art27_3b_background_e.htm(最終アクセス日:2013年2月 27日)
カナダ,ニュージーランド,韓国等は,出所等の開示が問題を解決する手段であると は考えられず,先ずは各国の制度や取組等の分析を通じた事例に基づく議論を行い最 適な解決策を探求すべきと提案し,TRIPS 協定改正を求める議論に反対している。
EUは,出所開示を方式要件として義務化することを主張している。
(2)TRIPS理事会(2011年)19
ア)会議の概要
2011年に通常会合が3回開催され,TRIPS協定とCBDとの関係を論点に議論が 行われた。ドーハ閣僚宣言において検討することとされたTRIPS協定とCBDとの関 係について,2010年3 月まで開催されたWTO 事務局長主催による非公式協議及び 同年9月から12月にかけて開催された少数国大使級ブレイン・ストーミング会合に おいて議論された。しかし,大きな進展はなかった。2011年1月以降ラミー事務局長 主催による同非公式協議が再開された。ここでも議論は収束しなかった。2011 年 4 月に,特許出願において遺伝資源の出所等の開示を義務づけることの必要性について も,各国の立場の隔たりが依然として大きいことを述べたラミー事務局長の現状評価 をまとめた報告書が公表された。その後,非公式特別会合が重ねられたが,各国がこ れまでのスタンスを確認するにとどまり,議論は収束していない。
イ)各国のポジション・主張及び提案
インド・ブラジル・ぺルー等の途上国から,GR 等の出所又は利用に係る事前の同 意の証拠,公正・衡平な利益配分の証拠の特許出願中への開示を義務づけるための
TRIPS協定の改正が主張されており,テキストベースの議論を主張しているのに対し,
米,日本,豪,加,NZ 等はテキストベースの議論は尚早であり問題の所在を明らか にすべく,まずは各国の経験の分析等事例ベースの議論を行うべきとしている。
・各国の提案は,以下の通りである。
途上国:
インド,ブラジル等の開示フレンズ(WT/GC/W/564/Rev.2,TN/C/W/41/Rev.2,IP/C/
W/74)及びノルウェー(WT/GC/W/566,TN/C/W/42,IP/C/W/473)20は,2006年6月に協 定改正テキスト案を提出した。
19 特許庁の公表資料「第5章 国際知的財産交渉の諸フォーラムにおける動向」P151~P155を引用して構 成し,補足を付け加えたものである。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/tripschousahoukoku/23_5.pdf(最終アクセス日:2013年2 月27日)
20 http://www.wto.org/english/tratop_e/trips_e/art27_3b_e.htm(最終アクセス日:2013年2月27日)
先進国:
日本はWIPOに文書(IP/C/W/472)21を提出し,「誤った特許付与」の問題は,出所開 示によって解決できず,データベースの改善を図るべきであること等を主張した。
EUはGR等の出所のみの開示を方式的な義務とし,特許無効の理由とはしない案 を提示した。また,TRIPS協定とCBDとの関係について,途上国の立場を支持する グループとして,三つの議論を一括したモダリティテキスト案(TN/IP/W/52)を提出し た。その中で,GR 等の利用に係る事前の同意や公正・衡平な利益配分の参照条件等 について,検討事項として留保することを提示した。
21 http://www.wipo.int/freepublications/en/global_challenges/628/wipo_pub_628.pdfからダウンロード可能 (最終アクセス日:2013年2月27日)